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お前なんか実の親父にやられてるくせに

日曜日の渋谷、東急ハンズのあの混み合ったエレベーターの中。
「こいつです。こいつ自分の実の親父に犯られてるんです」
なにが起こったのか、たけし君は一体どうしちゃったのか、よくわかんなかった。
エレベーターの中全員がまりあのほうを見た。
「たけし君、、、」
言葉にならなかった。
1階についてエレベーターのドアが開いたら、たけし君がまりあをちらっと見たけど、知らんぷりで出ていった。
まりあはしばらく背の高い背中の後ろをのろのろと歩いていたけど、ひどくみじめな気持ちになってきて、そのうち早足のたけしくんが人込みにまぎれて見えなくなってしまうと、ひとりで部屋に帰ってきた。今夜、一緒につくろうって言ってたパズルを持って。

たけし君。
まりあには天使だった。
LAで暮らしていた頃、友達の家で偶然知り合った日本人の男の子。恋をする年頃にアメリカにいたから?まわりに日本人の男の子が全然いなかったから?すぐたけし君に憧れるようになった。
たけし君は、積極的なアメリカ人の男の子達と違って、胸に十字架をして、お祈りの言葉をよく知っていて、プロテスタント教会に行っていたまりあに、カトリック教義のことを教えてくれた。それから、たけし君は女の子とつきあったりしたこともなかったし、そういうことに厳しい考えを持っていた。
仲良くして欲しいって言い出したのはまりあのほうで、たけし君はいいよって言ってくれたんだけど、すぐ日本に帰ってしまって、それから、まりあとたけし君で手紙を書いたり、国際電話を交代でかけあったりして、つきあいが続いていた。
いつも電話で、まりあの生活態度の改めなくちゃいけないところとか、どんな服装をするべきかとか、電話での話し方とか、こまかくたけし君に指示されて、まりあは、きっとたけし君は天使で、迷いや不安ばかりのまりあにいろんなことを教えてくれてるんだと思って、喜んでその通りにしていた。

お父さんのことを話せる、たけし君になら話せるかもしれないって思ったのもまもなくのこと。
「最低だよ、その親父、地獄の火で焼かれるべきだね。俺が会ったら後からバットで殴ってやりたいね」
ひどく口が悪いのもたけし君の特徴で、こんな話し方する人みたことなかったんだけど、そういうはっきりとしたものいいが、なんだか信じられる気がしたし、たけし君を信じていれば、お父さんからも逃れられるかもしれないと思った。

アメリカで暮らしてもう5年も経つし、日本で仕事もしてみたかったから、まりあはロサンジェルスから東京に引っ越した。
東京は右も左もわからなかったから、たけし君の家が近い渋谷区に部屋を借りた。
それは同時にお父さんからも近くなるということだったけれど、たけし君がいるなら大丈夫だろうと思った。
持ってきたスーツケースひとつだけで、なんにもない部屋。一緒に必要なものを買いにでかけようと言ってくれたのはたけし君だった。
渋谷の東京ハンズならいろいろそろえられるだろうって、ふたりで人込みの中歩いてきたのだった。

花屋さんに寄りたいと言った。部屋にお花を飾りたいと思ったから。たけし君は渋谷区のコだし、どこの花屋さんによっていけばいいのか知ってるだろうと思って聞いてみた。
「花?花が欲しいの?」
「うん」
「なんで?」
「なんにもない部屋だけど、お花ぐらい飾りたいなと思って」
「ふぅん・・・」

急に言われた。エレベーター中の人がまりあのほうを見た。
まりあはなにか確かめたかったけれど、たけし君の顔を見ることも出来なかった。うつむいていた。
頭の中が真っ白になっていくように感じた。思いもしなかったショックをうけたときに、なにも判断でなくなってなんにも考えられなくなって、目の前が真っ白になっていくあの感覚を必死にぬぐおうとしていた。今倒れちゃったらあの優しいたけし君がいなくなっちゃう。お父さんから守ってくれるって言ったたけし君が。

「おまえなんか実の親父にやられてるくせに」

たけし君、なにを言ってるの?たけし君、たけし君?優しいたけし君?どうしちゃったの?

カーテンもまだついてない部屋は空っぽで、本当にからっぽで、知らない東京で、これからどうしようって考えていた。