ラクになるための様々な(4月の)選択
いきたくない僕ら

生きたくない。

生きるべき理由が見つからない。

目標を持てない。

やる気がおきない。

いいじゃん。それで。

頑張らなくていい。
お父さんみたいに、先生みたいに、誰かさんみたいに、やる気ばりばりで未来にむかってまっしぐらなんて、しなくたっていい。

だって、僕らはやる気がおきないんだもの。
だって、僕らは頑張るべき理由が見えないんだもの。

なんのために頑張るんだろう?
この社会は本当に頑張るべき価値がある社会だろうか。

金で買えるものすべてにどんな価値があるんだろうか。
世間に賞賛されることにどんな価値があるんだろうか。
スポーツカーを選び、マンションのローンを選び、エレベーターを昇り降り、人生を選び、
そして僕らは死ぬ。

生きたくない僕ら。

生きたくない僕らは、やる気なくだらだら生きるという、長い時間をかけた自殺をしているのかもしれない。

生きたくない僕らは、どれだけ社会から外れて生きていけるのか挑戦しているのかもしれない。

生きたくない僕らは、自分や好きな友達のためだけになら生きていけるのかもしれない。

僕らにとって、”生きる”ことと、”社会生活”とは、いつも正反対の位置にあるんだ。