生きることは手探りの夢ともいえる
JUICE THE PUNK


02-29-00 火曜日/お母さん
また屋根裏で目が覚めた。
昼間からゴウさんが電話をくれて、DNA鑑定のことについていろいろと連絡をくれた。
費用のこと、鑑定にかかる日数のこと、それから昨日病院で採取したアレの保存方法。
まりあが自分で、病院に連絡をして、保存方法を指定してお願いしなくちゃいけなかった。
電話にでた先生は、はいはいわかりました。と意外とこころよくうけあってくれた。

ハレタちゃんも電話をくれた。同じinternet chatにいた女のコで、親身になって、ドメスティックバイオレンスという微妙で重大な問題の解決方法を探していてくれていた。

僕は、お父さんの奥さんに打ち明けて、家族で話しあって、それでお父さんが正直に認めて、解決するならそれでもいいのかもしれない、とその時はまだ思っていた。

ゴウさんに聞いたDNA鑑定の話によると、早めに鑑定にだしたほうがよさそうなので、それなら、もう今日中にでも奥さんに電話をして話したほうがよさそうだった。
もう信じてもらえないかもしれないって悩む必要はなくなったんだもの。

1階に降りて、キッチンで残り物を探して、お昼を食べて、それからお父さんの奥さんに電話をした。
あいさつをして、深呼吸をしてそれでもドキドキしてきて、だけどもう2度とお父さんがあんなふうに近付いてこないように、思いきって話しはじめた。
奥さんからお父さんになにか言ってもらえば、もうお父さんだっておかしなコトはしないだろう。

話しだしたら、いっきに言えたと思う。
でも途中で思い出すのがつらくて、何度も泣きそうになった。それでも、もう必死だった。今やっとなにか変わろうとしているんだもの。

お父さんの奥さんチヒロさんは、だけど、しーんとして、聞いているのか聞いていないのか、わからないような感じだった。

あなた、だけど、それでもお父さんと会ってたんでしょう?

その時は、まだわかってもらおうとしてた。
お父さんだから、会ったんです。お父さんだから、何度だって今まで信じようとしたし、自分の父親だからこそ、こんなこと自分でも認めたくなかったんです。他人の男の人にされてたのとは話が違うんです。

そう、それで、一昨日の日曜日にお父さんが帰ったあと、翌日病院に行くまでに、あなたは、他の男性と性交渉はなかったの?

最初、何が言いたいのかわからなかった。
なにが聞きたいんだろうと思った。
お父さんが帰ったあとは、ひとりで泣いていて、ユウくんから電話がきて、少し話して、、と言いながら、この奥さんの言ってる意味がわかって、驚いた。
この人、全然信じてくれてないんだ。
病院で採取したものが、本当にお父さんのものかどうか?そんなことを言ってるの?

この人が他人のまりあを信じなくて、きっと当然なんだろう。それでも、この人に助けを求めようとしたのがこれが2度目だった僕は、本当に驚いた。世間知らずのバカな僕は悲しいとさえ少し思ったかもしれない。

おばさん、それは鑑定すれば、お父さんのものだと確実にわかるものなんですよ。
あら、そうなの。

お父さんの奥さんチヒロさんのケイタイが鳴って、「お父さんから電話だから、いったん切ります」と言われて、それで屋根裏部屋の陽のあたるところにすわって、膝をかかえて考えていた。

立場がじゃまして、人はうまく話しあえない。
立場を守って、何が確実になるっていうんだろう。

チヒロさんから、電話かかってこないな、と思っていたら、お父さんから電話がきた。
言ったのか?
言ったよ、お父さん。
金か?

金?金ってなに?なにを言ってるの?お父さん。
チヒロさんにしても、お父さんにしても、まりあが痛みを訴えたことで、思い付くことがこれだけなのか、と思ったら、いよいよ気狂いを相手に話しているんだと感じてきた。

お父さん、なにを言ってるの?お金を払えば娘を犯していいと思ってるの?いい加減に自分の汚い部分を認めなよ。まりあはね、ずっと苦しかったの、お父さんはまりあがなにを言ってもわかってくれなかったでしょう、お父さんが怖かったよ、普通のお父さんがいて欲しいとずっと思ってたよ、それだけだったんだよ。ひとりで、苦しんで、とうとう、もう耐えられなくなって、人に相談したら、、人に相談するのだって、実のお父さんのことだもの、すごい勇気がいったんだよ、それで、まわりの人が助けてくれて、いろいろ助言をもらって、それで、おばさんや弟にも言ったほうがいいと思って、それで、助けてもらおうと思って話したんだよ。
わかった、わかった、お父さんが悪かった。もうしないから。実はちょうど昨日、お父さんも、普通のお父さんになりたいなってちょうど昨晩、考えて、お前に話しに行こうと思ってたところだったんだ。手紙書いたから、それを受け取ってくれ。
ちょうど昨日?手紙?お父さん、こないだの日曜日も同じ事言ってたでしょう。それで、お父さん、すごい泣いて、謝って、それをまりあ、信じたけど、でも結局、どんなに嫌がってもお父さん、同じことしたでしょう。もう信じられないよ。
いや、今度は本当だ、お願いだ、信じてくれ、悪かった。

それでも、信じてくれとお父さんが、哀れっぽい声を使って、何度も言うと、まりあは、その言葉がほんとうにほんとうだったらと思って、泣きそうになる。
ハヤシライスと野菜ジュースをおぼんにのせて、それから、チョコレートなんかを屋根裏に持ってきてくれた友人達が、途中から話を聞いていて、まりあが、泣きそうになってるのをみて、手をばたばたさせて ”だめだめ、信じちゃだめ”ってサインを送ってくれて、それで、しっかりできた。

お父さん、もう切るよ。
置いていってもらった食料を見てぼんやりしてたら、またケイタイが鳴った。

お前に、全部バラされたから、お父さんはもう家に帰れない。このままひとりでどっか行く、お父さん、もう消えるから。
ああ、そう。

別に消えてくれても全然かまわないと思った。

今使ってるケイタイも捨てる、会社も辞める、一人でどこかに行く、そればかり繰返してるから、それを引き止める理由もないので、その電話もすぐ切った。

チヒロさんからは、いつまでたっても電話がこないので、こちらから、かけてみた。
今度は、詳しくいろいろ質問された。もう隠すことはないから、正直に答えた。
私達、夫婦がこれで別れるとかそういうことはないから私はいいんだけど、と、前置きしてから、チヒロさんは、
こんなことで、あんまり騒ぐとあなたがお嫁に行く時に心配よ、あなたのためを思って言ってるのだけど、と言った。

このおばさんもダメだなと思った。
別にあなた達夫婦の問題について今話そうとしているんじゃない、問題だとすれば、あなたの家庭のお父さんが、こんな人間だということが問題なわけで、これは、夫が愛人をつくったとか、浮気したとかいう問題とは違う、私は、お父さんの実子なんです。

電話を切ってから、そう言えばよかったなって頭に浮かんだけど、なんだか、やっと話した人が、わかってくれなかったことが悲しくて、だけどそういうものかもしれないって、ああそうかって、気がつくのに時間がかかっていて、なんにも言えなかった。
ゴウさんが電話をくれて、DNA鑑定にだすには、まりあのお母さんのだ液の採取も必要なので、やはりお母さんにも本当のことを話さなくちゃならないよという話だった。
お母さんに話す?悲しみをいっぱいしょいこんで、何十年も無理して笑ってきたようなお母さんに?どうしようか、まだ考えこんでいた。

またケイタイが鳴った。お父さんだ。
頼む、もう本当にお父さんが悪かった。今、お父さん会いに行くから、話をしてくれ。
お父さん、もう会うことは出来ないよ。もう人に相談して、お父さんのことをどうするべきか今考えてるところなの。会うなんて出来ないよ。
お願いだ、もう一度だけお父さんを信じてくれ、本当にもう普通のお父さんになりたいんだ。今から会いに行くから、な?一回だけ会ってくれ。
今、部屋にいないから。
どこにいるんだ?お父さん、どこにでも会いに行くから、頼む、会って話だけしてくれ、手紙を受け取るだけでもいいから。
お父さん、そうやっていつも嘘だったじゃない。もう信じられないよ。
頼む、最後のチャンスをくれ、本当に、ちょうど昨日、お父さんは普通のお父さんになりたいと考えてたところだったんだ。お父さんは、まりあちゃんがかわいいんだよ、頼む、今から会ってくれ。
お父さん、、ちょっとひとりで考えたいから、切るよ。

電話を切って、泣いてたら、たぶん、1階まで降りないで、2階のふきぬけのとこで心配して様子をみてたヨウタがあがってきた。

まりあ、聞いて
うん、
俺さ、親父、死んでいないじゃん?
うん、
だからさ、えっと、まりあもさ、そういうふうに思って欲しいよ。

うん、
うまく言えないんだけどさ、
うん、
じゃ、下にいるから、

屋根裏にある空が見える窓から、鳥が3羽、小さな三角形をつくって飛んでるのが見えた。
友達が事情を話してくれずにひとりで泣いていたら、とても苦しく思うだろうと思った。それから、お母さんに話さなくちゃいけないってことはとてもつらい事になるだろうと思った。

ハヤシライスに口をつけられないまま空を見ていたら、チヒロさんから電話がきた。
今、お父さんと電話で話したんだけどね、チヒロさんはこちらの様子を伺うように話し始める。
今、まりあちゃんから、泣いて興奮して電話がかかってきて、それで今からお父さんのところに行くって言ってるから、来たら話をしてみるって、お父さんが言っていたのだけど、、

ハ??????

呆れた。呆れすぎてすぐには言葉がでてこなかったぐらいに。
あの親父の気狂い度を言い表わす言葉がないくらい。

それから、お父さんが、そういう事実はなかったって言ってるのよね、そして、まりあちゃんのことを、あのコはちょっと変わったコだから、ってまるで変人扱いしてるような感じだったのよね。

もう、あいつに正直な言葉とか、自分がしてきた恐ろしい事にたいして謝罪する気持ちだとか、そういうものを求めても無駄なんじゃないかと思ってきた。人間じゃないんだ、あいつ。

その話が聞けて、お父さんがどういうやつかよくわかったのでよかったです。
チヒロさんの電話を切った後、冷めたハヤシライスを食べて、それからお母さんに電話をした。
もう、あんな親父、早く片付けたかった。

もしもし、
お母さん?まりあだよ。今いい?元気?
ん、どうしたの、あんたは元気なの?
うん、大丈夫だよ、あのね、お母さんすごく大事な話があるの、気持ちを落ち着けて聞いて欲しいんだけど、なにをまりあが話しても、それは全部、今、もう大丈夫だから、それに大丈夫になるから、落ち着いて聞いてね。
なぁに、早く話しなさいよ。

お母さんはめちゃくちゃに泣き出して、泣き出して、何度も、お母さん、落ち着いて、まだ続きがあるのって言って、ようやく最後まで、今日までのことを聞いてもらった。
もう、どうしてもっと早く言わないの、お母さん、前に話したでしょう、あいつはそういう男なのよって。そんなこと聞いてないよ。言ったわよ、あなたが横浜でお父さんと会った時に、なんか変だったってお母さんに話した時に、お母さんすぐピンときて、話したのよ、あいつはね、そういう男で、昔からそういうこと繰返してるやつなのよ、それでお母さん、逃げて逃げてやっと別れたんだから。知らないよ、お母さん、その時なんて話したの?

僕が遠回しにお父さんが変だったよと言った時、お母さんも遠回しにお父さんがむかしから、おかしいって事を遠回しに言ったんだろう。それで、なにも起こらず今日まできちゃったんだ。

詳しく日記に書き記すのはやめようと思う。だけど、口をつぐむお母さんに、僕が何度も頼んで頼んで聞き出したことは、恐るべきお父さんの過去だった。お父さんが、襲いかかる相手は、いろいろだった。子供から、少女から、大人まで。別れたくて、恐ろしくて逃げようとすると、どこまでも追いかけてきて、刃物を持って追いかけてこられたこともあるという。「本当に恐ろしい男なのよ」10代で結婚したお母さんは、逃げようとしてお父さんに山奥に連れていかれて監禁された事もあるという。

ようやく逃げ出して、やっとみんな幸せに暮らしていると思っていたのに。
お母さんは、声をあげて、泣いて泣いて泣き止まなかった。

一晩中、お父さんからの電話が鳴っていた。
音を消して、ベッドにはいった。


02-28-00 monday/病院
昨日のこと、
お父さんの様子が変で、なんだかあせってまりあにどうしても会いたがっていたこと、
お父さんが泣いたりしてたこと、
internet chatで知り合ったゴウさん達は、「まりあちゃん、そこで絶対にお父さんを信用しちゃだめだ」と何度も言っていた。

「まりあちゃんがユウくんと接触を持ったこと、二人に電話が通じなかったことで、自分の立場が危うくなったんじゃないかと不安になって、そのために、まりあちゃんにお父さんのことをバラされないために、お父さんはまりあちゃんの同情をひこうとしているだけなんだよ。今、まりあちゃんの気持ちさえコントロールしておけば、お父さんは安全だから、そのために必死なんだ。まりあちゃん、日曜日、お父さんがどんなこと言ってきても信用しちゃだめだよ」「お父さんがまりあちゃんの口封じのために何をするかわからないよ。絶対にお父さんを信じちゃだめだ」
そう何度も言われたのに、お父さんが必死になって夜通し電話をかけてきて、会えないよって言ってるのに、部屋まで来て、泣いたりして、それで、信じようと思った。「お父さんはまりあの気持ちをいろいろ考えたいんだよ。」本当に父親として話をしてくれるのかもしれない。そう信じた。

----そして、よけいに傷ついた日曜日。お父さんは、コトが済んだらそそくさとズボンをはいて、何事もなかったかのように振舞った。

そんなふうに、お父さんを信じた自分が悔しくて悲しくて、心配して何度も何度も電話くれたゴウさん達の電話にでられなかった。
昨日、お父さんが帰った少し後に、弟ユウくんが、電話くれた。ユウくんに話したけど、ユウくんは、まだ起こっている事実を唖然として見つめるのが精一杯の様子だった。それでも、ユウくんなりに「お父さんのことは許しちゃいけないことだと思う。まだ僕には方法とかが見つけられないけど、これは許していいことじゃないと思うよ」と考えてくれてた。

心配してくれてるゴウさん達に連絡をしなくちゃと思っていたけど、こんなことになって、もう見捨てられちゃうんじゃないかと思って、なかなか電話できなかった。でもユウくんと電話で話した後に、もしかしたらゴウさん達とユウくんが会って話したりしてくれたら、なにかもっと方法が見つかるのかもしれないという考えが浮かんできて、昨日の夜遅くになってゴウさん達に会った同じinternet chatにログインしてみた。

>>ネットで会った人間をそんなに信用しちゃだめだよ。
>>そうだね、だから、もう少しまりあちゃんの話を聞いてみなくちゃと思っているんだ。
>>会ってみたら全然違う人間だったってこともあるぜ。
>>わかった。気をつけるよ。

残されていたそんなログをみた驚きで倒れそうになるほどだった。

僕は一体誰にむかって話をしていたんだろう。
だけど、しょうがない。もともと見知らぬ人に助けてもらえるなんて思ってなかったし。しょうがない、まりあには、最初からいなかった人達。

>>どうもありがとうございました。もうこんな話したりしないから、信じるとか信じないとか考えてくれなくてもいいです。
誰もいない chat roomで、ひとりで発言して、それでログアウトしようと思った時、

>>まりあちゃん!待って!違うんだ!
ゴウさんや、他の人達がログインしてきた。
まりあは、なぜか、違うんだよって言葉を見ただけで、もうゴウさんを信じてた。きっと違うんだろうと思った。なんでだろう。
>>まりあちゃん!話を聞いて!それは違うんだ!
>>違うならお話聞きます。
ゴウさんの説明はこうだった。
まりあの話をしていた時に知らない人が入ってきて、自分がネットで会った人に騙された時の話を始めて、ゴウさんが、まりあちゃんには会って話を聞いたということを言っても、それでもネットで会った人を信じるなとしつこいから、今はそれを議論してもしょうがないと思ったから、そうだね、そうだね、気をつけるね、といって話をあわせて、その人が納得して帰っていくようにしていたんだ、とゴウさんは説明した。

まりあは、internetで会ったみんなに励ましてもらった事で、すごく心強くなれていたのに、あんなログのかけらを読んで、すぐゴウさん達を諦めたりしてごめんねって思って、言った。
>>大胆に信じることができなくてごめんなさい。

日付けがもう月曜日に変わろうとしていた。

どうしてもっと、信じると決めた人を、なにがあっても信じ続けることが出来ないんだろう。人を信じるという大胆な勇気。お父さんとのことで、そんなこともいつのまにかなくしていたのかもしれない。じぶんにくやしい。
だけど、友達とは、こんなふうに、少しずつ信じあえるようになっていくのかなとも思った。いろいろあっても友達でいよう。傷つけたって、裏切ったって、またつきあいを続けていくってことが友達だろうって、これは、いつもまりあがエイミーと話してたこと。

ゴウさん達にお父さんのことを話した。
お父さんの嘘を見抜けなかったこと、信じてしまったこと。

人を信じたいという自分の気持ちを、逆に、勇気をだして断ち切らなくちゃいけない時もあるんだろう。悲しいことだ。

お父さんの言葉を信じてしまったまりあをゴウさん達は責めなかった。
「これで、もう本当に、お父さんがどういう人間か、わかったでしょう?反省した、よく考えた、手紙を渡すだけだ、話をしたいだけだ、それは全部嘘だったよね?お父さんは、まりあちゃんの”娘が親を信じたいという気持ち”を利用しているだけなんだよ」

モトちゃんは、明け方になっても警察に電話をかけてくれたりして、どう対処するべきかいろいろと調べてくれた。ゴウさんは、今日、お昼に会って、一緒に病院に行こうと言った。
まりあのからだに残されたお父さんの体液を病院でとりだして、それをDNA鑑定にかければ、お父さんが言い逃れできない証拠になる、お父さんを訴えるとか気持ちの準備がまりあに出来ていないとしても、証拠があれば、これから誰かに相談する時にも役立つし、この検査は今日か明日にでもすぐ病院に行かなくちゃできないものだし。

病院?検査?誰かにからだを調べられるの?想像しただけで怖くて、そんなこと出来ないだろうと思った。まりあのからだに人が近付くことを想像しただけでも今はいやだ。 それにお父さんの体液って?お父さんが帰った後、もうまりあ、からだじゅうお風呂で洗ったもの。もうお父さんの指紋のかけらも残ってないよ。

とにかく、明日、病院に行ってみようよ。無理強いはしないけど、検査だけでもしておこうよ。 

なにがまりあに起こっているのか、頭をはっきりさせてくれたのは、internetで出会ったかつての見知らぬ人達。ひとりだけで考えてると、目の前の事実から逃げ出してしまって、なにも考えたくなくなって、迷路の袋小路にはいってしまう。
今は、そうこんな客観的に事実を見つめてくれる人達に、頼ってもいいし、言う通りにしたほうがきっといいのかもしれない。

朝、お父さんから電話があった。(ポラロイドカメラじゃないほうの)カメラをまりあの部屋に忘れていってないか?確かに部屋にあったから、あるよと言った。
今度、会う時ちょうだい。
今度会う?
ぞっとした。それが2度とないように今行動してるんだよ。お父さん。

お昼に、ゴウさんとモトちゃんに会った。二人とも朝まで、まりあのことをどうしたらいいのか、いろいろ調べてくれてたから、二人とも徹夜で来てくれた。

ねぇ、モトちゃんもつらい目にあってた。ゴウさんも耐えらんないようなことがあった。それでも、自分の中にある、少し残ってる力で、まりあを助けようとしてくれてるんだね。

「マリアさん」看護婦さんに名前を呼ばれて、ひとりで、診察室にはいった。診察室の中まで付き添っていこうか?という話にもなったけど、ひとりでも大丈夫と言った。
ゴウさんに教えてもらった通り、必要なこと、事情を、なんとか先生に話す。
「それじゃあ、こちらの台のほうにきてください」
足が震えて、心臓が痛くなって、怖くなって、じっとしてると、看護婦さんにせかされる。「怖くないですよ」

2、3回、悲鳴をあげて、こわいこわいこわいって泣いちゃって、深呼吸するように言われて、すーはーすーはーすーはーって、先生がまた近付いてきて、また、すいません、すいません、こわいんです、すーはーすーはーすーはー、痛い、痛い、痛い、痛い、すーはーすーはー、そうしたら、先生が「顕微鏡もってきて」と言って、看護婦さんが「はい、もういいですよ」と言って、僕は、泣いていたから、ティシューをもらって、涙をふきながら診察室の先生の前にまた座った。
くやしいよ、お父さんのためにこんなこわいことばかりだ、だけど、今、あんなふうに待ってくれてるゴウさんやモトちゃんもいるし、こわいからもうやめてとは言わなかったんだ。ちくしょう、親父がとっくに死んでくれてたら。

「確かにありますね、昨日確かに、そういうことがあったのいうのはこれでわかります。だけどDNA鑑定のための体液の保存方法というのがここではわからないんですよ」
連絡をしますから、それは保管しておいてください。
「それじゃあ、検査用のと一緒に置いておきますから、、看護婦さん、これ、検査のにいれといて。検査にだしちゃったらダメだよ。」

モトちゃんも、ゴウさんも徹夜で来て、待合室で長々と待って、疲れてるだろうなって気になった。
大丈夫だったよ、検査はすぐ終わったし、大丈夫だった。そうよかった。保管しておいてもらって、こちらからまた連絡することにした。そうか、それじゃあ、今日中にまたDNA鑑定をしてくれる機関とか調べておくから。うん、ありがとう。
モトちゃんとゴウさんを近くの駅まで送る途中、弟ユウくんから電話があった。今から一緒に夕食食べない?って。
それで、モトちゃん達と別れて、ユウくんとの約束の時間が来るまでのひとりの時間、急にひどい吐き気がして、道ばたで、そこらじゅう吐きまくった。
からだの中からでてきた親父の体液?きもちわるいきもちわるいきもちわるい。だれかまりあを殺して殺して殺して。

駅のトイレに行って口を濯いで、それから車に戻って、ユウくんが西口にでてくるまでじっとしていた。泣いてたと思われないか、鏡をみた。涙の跡をごしごしこすった。

お姉ちゃん!ごめん、今走ってる!もう西口にでるとこ!あ、横断歩道みえてきたよ。お姉ちゃんどこ?
ああ、ユウくん、こっちから見えたよ。ここ、ここ、目の前。
え、どこどこ?西口の横断歩道だよね?
ユウくん、ここだよ。目の前にハザードつけて車とめてる。
えー、どこー?今ね、横断歩道の左端に立ってる、渡らなくていいんだよね?
そう、その目の前の、こっち側、車、とまってるでしょ?見えない?ここ。

変だなと思って、車の中からガラスを叩いたり、手をふってみたりしてみる。タクシーがどんどんやってきて、そんなに長く停車してられない。

しばらくたって、ようやくユウくんが気がついて、にこにこしながら車に近付いてきた。こんな出来事はいつだってなにかを象徴しているようでひどく悲しい気持ちになる。

六本木のgrand blueで、ユウくんと食事をしながら、今日、病院に連れて行ってもらったことを話した。ユウくんが、このことをどう受け止めてるのか、まだまりあには、つかめないような気がした。それか、ユウくん自身が、この事実をまだ受け止められてないような印象。
できるだけ、話題をそらして、ユウくんの学校のこと、お寺での生活のこと、そんな話をした。

今日は9時20分までに帰らないといけないんだけど、一度戻って、もしも抜け出してこられたら、まだ一緒にいたいと言う。
ユウくんが、会ったばかりのお姉さんまりあを、こんなに慕ってくれるのは嬉しいと思う気持ちと、今日は疲れたなって思う気持ちが入り交じった。
そう、それじゃあ、一度送って、まりあは六本木に戻ってるから、出てこれたら電話ちょうだい。迎えに行ってあげるから。
うん、わかった。

疲れていたから、半ばユウくんが抜けだせなかったらいいと思っていた。だけど、飯倉で高速を降りて、ひとりで少し飲んでから帰ろうと思ってバーの前に車をとめたところで、ケイタイが鳴った。
今、お寺の前に立ってる。

しょうがないな、と思って、だけど、こんなに一緒にいたがる弟が可愛いなとも思って、すぐまた首都高にのった。

「お父さんのことがなかったら、ぜんぜん関係ない話とかして、いっぱい遊べるのにね、共通の悩みがこんなひどいことだなんてね。」
「僕はお父さんに顔が似ていて、同じ男の僕なのに、お姉ちゃんはこんなふうに会ってくれるんだね、それがすごくよかったよ。」
本当は、全然気にしてないわけじゃない。よく笑うこんな明るいコが、あんな父親の子供だなんて、、顔が似てると思うたびに嫌な気持ちになったりしてる。でもこのコに罪はないんだって自分に何度も言い聞かせてる。

ロイのお店に行って、ロイに弟を紹介した。
ユウくんに、ロイがインド出身だと教えると、ユウくんは仏教の話をしたがったけど、ロイのほうはそんな話にはちっとものってこなかった。
ほかのバーにうつって、ユウくんの恋の話や、お寺の人間関係の話を聞きながら、半分は、ああ何時までこうしているべきかな、なんて考えて、半分は弟ができるっていいものかもしれないな、とか考えていた。

2時過ぎにヨウタが電話をかけてきて、他の店で友達と飲んでるからおいでよと言うから、それをきっかけに、そろそろ帰ろうと切り出して、3時にユウくんをタクシーにのせた。

ユウくんに、まりあが無理して笑ってることがわからなくてもしかたのないことだと思った。
お父さんがどんなに怖いか、ユウくんにわからなくても、それもしかたのないことだと思った。


02-27-00 日曜日
朝10時くらいにヨウタの家の屋根裏部屋で目がさめて、ケイタイの着信履歴をみたら、お父さんが、あれから一晩中まりあに電話をかけ続けていたのがわかった。
1時、2時、3時、4時、6時、9時30分。全部お父さんからの着信履歴だった。
寝てないのかな、それなら、今頃は、いい加減眠たくなって、今日は、一日寝ていてくれたらいい。

車で、自分の部屋に帰る途中、一度ケイタイが鳴った。お父さんから。それが11時半。運転中だったから、出なかった。
お父さん、ずっと起きてるの?

部屋に帰ってきて、誰もいなくて不安になる。
また自分が消えそうに感じる。どうしようどうしよう。

14時半、お父さんが、部屋にきた。
どうしても話しをしたいんだ。これからはまりあちゃんの気持ちをもっと考えるようにしようと思って。
哀れな声で話す。どうしたんだろう。おとうさん。
手紙を書いたと昨日言っていたでしょう。それを受け取るから、いや、ちょっといろいろ話しがしたいんだ。手紙は持ってきてないの?昨日、寝てないから眠くて、すこし休ませてくれないか。まりあのベッドにお父さんが寝るのはやだよ。ホットカーペットのスイッチつけるから、そこで寝たら。
コンビニで自分で買ってきたビールを飲みながら、座り込んで、お父さんがどんなにまりあを大事に思っているか、そんなことをたぶんあいつはしゃべっていた。
僕は、コンビニの袋から、ビールがでてきた時点でびくびくしていた。
こわくなってこわくなって、消えてくんだ。なにも見たくないんだ。

それから、もうどんな気合いも、気力もはいらなくなって、
お父さんが、まりあの写真を撮ったりしていることに気がつかなかった。

いつものようにアルコールを飲みはじめたお父さんをみてびくびくしていたのは僕だ。
それだけが僕だった。
結局、お父さんの前でびくびくすることしか出来ないバカで、アホで、マヌケなあいつの娘だ。

自我っていうのか、自分っていう存在が、手を放した風船みたいに、すぅーっと飛んで消えていくような感じ。さようならさようなら、この時間、まりあ、現在、さようなら、お父さん、さようなら、

お父さんが背中から近付いてきた時に、ユウくんのケイタイに発信してみた。
ルスデンだった。

お父さんは、きっとまりあが、逃げ出しそうな気配を察知した。
それは悪人の勘?それと、ユウくんの電話の応対の微妙な変化にきっと気付いて、自分の立場をあやしんだ。それで、とにかく、まりあの気持さえコントロールしておけば、お父さんの立場は安全だから必死に電話をかけ続けて、泣いたりして、同情をひこうとしたんだね。それは全部じぶんの保身のためだったんだね。
お父さん、今日は、まりあは、本当に、昨日泣いていたお父さんを信じたよ。まりあの気持ちをこれからちゃんと考えたいって、話をしたいだけだってお父さんが言って、信じようと思った。
利用ですか。利用ですね。娘の気持ちも利用できるんだね。
みんなの言っていたことがその通りになって、まりあのお父さんなんてこれっぽちも信じられないんだ。
こわれるこわれるこわれる、もう消えてく。僕はこの役に立たない日記を子供の頃から書きなぐり続けて、なにが変わったというんだ。このくさった日々を書き綴ってなんになるんだ。ナイフを持つんだ。まりあ。


02-26-00 土曜日/弟ユウくん
午後になってもユウくんはこないから、もしかしたらお父さんが、電話をして「まりあは会いたくないって言っていたぞ」とか言ったんじゃないかとか考えちゃう。
昨日、ゴウさんとモトちゃんが話してくれたことを頭の中で、整理する。
怖がることはない。自分が悪いんだってあきらめることはない。悪いことを娘にし続けてきたのはお父さんのほう。
そうはっきり整理すると勇気がでてくる。

お姉ちゃん、遅くなってごめんね。16時半にユウくんが、来た。
お師匠様に会ってて遅くなっちゃって。そうなの、そういう普通の格好もするんだね。うん、あはは。
(ユウくんはジョウセン寺というところの良勤という名前のお坊さんで、初めて会った時はお坊さんが着るキモノみたいのを着てた)
僕、お姉ちゃんに会えたことがすごく嬉しいんだ。一緒にいられるだけで嬉しいんだ。ふうん、そうなの。このあいだ会えた時、すごく嬉しかった。なんか初めて会ったのに、ぜんぜん違うものを感じたよ。ふうん、そうなんだ。

いいコ。こんないいコっているんだ。お父さんのことをすごく尊敬してるって話す。なんにも知らないコ。
こんなにこにこの笑顔にぼくたちのお父さんがしている事実を教えられるかな、でも昨日、みんなに励まされた。少しでもなにか流れを変えないといけない。
ごはん、食べにいこうか?
la bohemで、嬉しそうな笑顔を見ながら、そわそわしていた。
お姉ちゃん、このあとお父さんに会うんでしょう?うん、でも会わなくてすむなら会いたくないな。え、どうして会いたくないの?うん、会わなくてすむなら今日は会いたくないの、それより、教えて、お父さんってユウくんにどんなこと話すの?お父さんはね、正しいことは正しいって絶対まげないんだ、そうなんだ。あんな人が教育とかするんだね。え?そりゃあするよ。お父さんだもの。お父さんか、、教育ってあんな人がなにするの?お父さんは厳しかったよ。そう、ユウくん、殴られた?ひどいでしょ、暴力、それとも、もうそうでもないのかな?うーん、酔っぱらうとすごいね。え、まだそんな飲み方するんだ、ひどいでしょ、酔うと、ああ、恐ろしい。恐ろしい?でもすごく真面目で、絶対嘘を言えないお父さんなんだ。すごく正直なんだよ。ふ、嘘言えないんだ?あのお父さんが?ふうん。

ユウくんの笑顔が何度か曇りそうになる、その度に話題を変えてみようとする。でもうまくいかない。いつどうやって言い出そう。
食事している間はまだ話さなくていい。ユウくんが食事が終わったら言うんだ。言って、助けてって言わなくちゃ。このお父さんの気狂いを治してもらわなくちゃ。

お姉ちゃん、、正直いって、お父さんのこと好き?
ユウくんが、急にまっすぐこっちを向いて聞いてきた。
言う準備、心の準備、どういう順序で話すか、なんにもできてなかった。けどもうなにも、この”弟”に嘘を言うことはないわ。信じてもらえなかったら、また元に戻るだけ、この笑顔は最初から、まりあの目の前にはなかったもの。

死んでくれたらいいと思ってる。
え、、、。
死んでほしいし、自分でもお父さんをもう刺さなくちゃダメだなって思ってる。
、、、刺すことはないんじゃないのかな。刺さなくちゃ、もうまりあの気持ちをお父さんはわからないんじゃないかと思って、このままもう続けていくなんて出来ないと思って。いろいろあったんだろうけど、お父さんをお姉ちゃんが刺したりしたら、僕がお姉ちゃんを恨まなくちゃいけなくなるよ。ああ、そう、そうだね、そうなんだ。誰に恨まれるとか、それがいいことか悪いことかもう関係ないのよ、どうしたらいいかわからないの。
お姉ちゃんにとってお父さんって、どういう存在なの?

ユウくん、いい?それじゃあ真剣に聞いてくれる?
うん。
思わずユウくんの手に手をのばした。これで、なんとかなって欲しい。
ユウくん、お父さんはね、子供の頃からずっとまりあを犯してるの。わかる?男として、女としての話よ。それで、まりあはずっと逃げられなくて、中学の時は発狂したし、意識障害を起こして今、苦しんでるの。こないだの日曜日、みんなで会ったでしょう?あのあとお父さんがどうしたかわかる?まりあに部屋まで送ってって言って、泊まっていけっていって、ユウくんとみんなと会った後でもそういうことしてたのよ。お父さんはすごく怖いの。逃げられないのよ。だってお父さんは、本当のお父さんでしょう?まりあね、誰にも言えなくて、でも、誰かに気付いてもらって、助けてもらいたかったの。ユウくんが、まだ小学生の時、まりあが、お父さんの札幌の家に遊びに行ったの覚えてる?ユウくん達、朝起きて、客間に寝てるまりあのまわりに立って、あー、これがおねいちゃん?寝てるねーって話してたでしょう?あの時ね、あの時もそういうことあったんだよ。ユウくんやユウくんのお母さんは2階で寝たでしょう。まりあは、客間にふとんしいてもらって寝てたでしょう?あの時、本当は泊まるつもりなかったんだよ。お父さんの家族のいる家によばれて、少し話をして帰ろうとしてたの。そうしたら、お父さんは、泊まっていけ泊まっていけって、まりあがタクシーを呼ぼうとしたら、電話線を抜いて隠してしまったの。それでも、まりあは、いつだってお父さんを信じてた。何回だって信じてた。だって、僕たちのお父さんだもの。わかるでしょう?客間で寝てたら、だけど、お父さんはまりあのふとんに入って来て、あの1階で、そういうことが起こってたんだよ。それで、みんなが起きてくる頃、お父さんは、何事もなかったかのように居間のソファに戻って寝てた。それまでね、まりあの横に寝てたの、まりあのふとんにはいってきて、脱いでたのよ。それで、ユウくん達がまりあのふとんのまわりに立って、これがおねいちゃんなんだねって話してる時、本当は目がさめてたし、ユウくん達がどんなコ達なんだろうとも思ったけど、その時はお父さんのことでめちゃくちゃに傷ついていて、目をあけられなかったの。誰かそのコトに気がついて欲しくて、お父さんがでていった後のふとんでも、真ん中に寝ないで、お父さんがいた時と同じようにふとんのはしっこで寝て、誰か気付いて、ここに今までお父さんがいたの、誰か気付いて気付いてって思ってたんだ。
いつもね、すごく怖くなって、目の前で起こってることが、いつも信じられなくて、認めたくなくて、服を脱ぐお父さん、まりあのからだを触るお父さん、いつまでたっても信じられないの。目の前が真っ白になって無感覚になって、なにが起こってるんだろうって、子供の頃から、そうやってよく、頭から白いシーツを被ったみたいに目を開けてるのに、目の前が真っ白になってしばらく見えなくなってからだもぬけがらみたいに無感覚になることがあったのね、それが、4年前に診断されたんだけど、ある意識障害が起こってしまっているの。治療を続けて、いくらかましになったぶん、こないだの日曜日は、もう少し、はっきり何をされているのか自分でわかって、よけいに怖かった。

ユウくんはまりあの目を見たり、うつむいたりして、考えこんでいた。

最初、お姉ちゃんが、話しはじめた時、テーブルをひっくり返そうかと思ったよ。
まさか!と思った、思いもしなかった、そんなこと。お姉ちゃん、なに言うんだ!って思ったよ。
信じたくないけど、今、目の前で、お姉ちゃんがこんなに苦しんでるなら、なんとかしたいと思うよ。

だけど、一度考えさせて。

ユウくんは、すごく動揺していたし、きっとこんなこと受け止めきれない様子だった。
何度かユウくんのつらそうな顔を見る度に、ああ、やっぱりまりあひとりで考えていたほうがよかったのかな、ユウくんまで苦しむことになったら可哀想だったかな、とか思った。

話してくれてよかったよ。
でも、僕は、それを聞いて、自分の中に流れる血が怖いと思った。

まりあとユウくんがいる間、何度も何度も何度もお父さんから電話がはいった。ユウくんのケイタイに。
お父さんには敬語で話すユウくんが、その度にいちいち、今、食事にきています。今注文したところです。今食べています、今、お姉ちゃんの車に乗っています、はい仲良くしてますと答える。
お父さんのことを話した後には、どうして、そこまでお父さんが、今、まりあとユウくんが会ってることをこんなに気にするのか、わけがわかったようだった。
「ユウ、お姉ちゃんにね、お父さん、待ってるからねって伝えて」
その言葉の意味ももうユウくんにはわかってしまったから、ユウくんの電話の応対も少し変化していたかもしれない。それがあとでいけなかった。

夕方にはお父さんに会ってるはずだったけど、ユウくんが、4時過ぎに来たから、ユウくんと一緒に食事をして、そのあと、知り合いのバーにいって、友達に弟を紹介したりしていた。弟ができるっていうのは、なんだかいいなと思った。
お父さんのことは、一緒に作戦を考えよう、まだ、このことは秘密にして、なんとか絶対にお父さんがしらをきることができないような作戦を二人で考えようって話した。
ユウくんの門限に間に合うように車にのって、走りはじめた時に、バーにいる間に、お父さんからユウくんに何度も着信があったことがわかった。ふたりとも気がつかなかったのだ。
また電話がくるだろうと思って、今は、ふたりとも、お父さんとは話しにくいと思っていたし、そのままにして、ユウくんを送り届けて、また会おうねって言って、今度は、お父さんに言わないで会おうねって言って、別れた。22時。
お父さんからはそのまま電話はこなかったし、これは絶対まりあを待ってひとりでお酒を飲んでいるうちに寝入っちゃたんだろうと思って、今日はなんてラッキーなんだろう、弟ともちゃんと話せたし、よかったと思って、六本木に帰ってきた。
22時半にお父さんから電話。もう六本木に戻って、ひとりでにこにこしながら、バーに座ってた時だった。
どうしてこないだ?ずっと待ってたんだぞ!今からこい!
お父さん酔っぱらってるんでしょう。今日はユウくんに会って、それでもう遅くなったし戻ってきちゃったよ。なんだ!ずっと待ってたんだぞ、車あるんだろ?車とばしてすぐこい!お父さん、もう酔って寝てたんでしょう?寝た方がいいよ。まりあも、もうこっちに戻ってきちゃったし。いいからこい!待ってたんだ。うん、うん、うん、わかった、ごめんね。明日もあるでしょう。明日起きたらまた電話して、そうしよう?今日はもう行けないよ。

酔っぱらって寝ちゃって、目がさめてかけてきたのかな。このまま酔いつぶれて朝まで寝てくれて、明日もずっと寝てくれてたらいいな。

23時、30分後、また電話。今度は泣いてる。
どうしたの?今まりあが来てくれないと、このまま会えないような気がするんだ。どうして?そんなことないでしょう。なんで泣いてるの?わからない、まりあのことを思っていたら涙がでてきたんだ。お父さん、まりあに手紙を書いたんだ、それを受け取るだけでも来てくれないか?え、手紙、郵便で送ったらいいじゃない。いや、今渡したいんだ。今じゃないといけないんだ。お父さん、だから、明日もあるし、またのお休みもあるでしょう。今日はもう寝なよ。う、う、う、。どうして泣いてるの?泣かないで、寝て。
たぶん酔っぱらってるのか、わからないけど、様子がいつもと違うなと思った。あせってるというか、なんていうか。まりあがユウくんに話したと思って怖がってるのかな、とも思ったけど、ユウくんと今日会ってどうだった?なんて一言も聞いてこない。(あとで、思ったけど、ユウくんとなに話したの?なんて聞くことも出来ないくらいびびってたんじゃないか、まりあとユウくんが、バーにいるあいだ電話をかけてもかけても、ふたりとも気がつかなかったから、その間にひとりで考えてもうバレたと思ってひどく怖がってたのかなとか)
酔ってはっきりしない話し方プラス ポルトガル語が混じるから、ぜんぜん意味不明なところもあったけど、お父さんの様子がおかしいのはわかった。
でもとにかく、電話を切って、今日は休みたかった。今から、お父さんのところに行くなんてパス。

弟に話すことが出来て、自分の気持も少し強くなったのかな、なんて思った。なんだか、お父さんが泣いたり、あせってたりしていて、いつもと違うし、平気だった。

バーを出て、今日の緊張から、本当に、今日はゆっくり休もうと思って、部屋にむかった。

1時にまたお父さんから電話があった。
それじゃあ、明日起きたら朝電話するから、明日必ず会えるね?お父さん、寂しいんだよ。とてもまりあちゃんに会いたいんだ。

ぞっとした。いつものお父さんの話し方に戻っていたから。

この声を聞いてこわくなってこわくなってなってこわくなって、また自分が消えそうになっていくように思う。さようなら、さようなら、まりあ、誰?おとうさん?さようなら、消えそうになる。
何を言ったかな。うん、うんって電話を切った。

でも、昨日はずいぶんみんなに励ましてもらったから、それでも、まだ用事があって、明日空いてるかどうかわからないと、明日の約束はしなかったはず。

お父さん、それじゃあ一晩中起きて、電話待ってるから、明日会えるかどうか教えて、お父さんは寂しくて眠れないんだ。
それからお父さんは「まりあちゃん、会ってください。お願いします」と言った。どうしてお願いしますなんて言うの?どうしたの?

部屋に帰るのをやめた。ヨウタんとこの屋根裏で寝かせてもらった。ヨウタのお母さんが起きていて、挨拶をした。

弟と会ったこと、話したこと、だけど結局どうにもならないんじゃないかという考えが浮かんできてこわくなる。会ったばかりなんだし。
消えそうになること、治療、お父さん、また消える。これを繰返して、繰返して、
ああ、もしかしたら、お父さんには、まりあの人格障害の診断や治療のことは話したことがないけれど、まりあがどうしたら、いうことを聞く人格にかわるのか知っているのかもしれないな。そして、そういう人格を子供の時につくったのは、お父さんなのかな。そんなことを考えながら、怖い気持ちと、少しは何かが変わったんじゃないかと信じたい気持ちにうなされながら寝た。


02-25-00 金曜日/ゴウさんとモトちゃん
今日の朝になって、このあいだの日曜日、初めて会った弟から電話がかかってきた。
「明日、お姉さんに会いに行きたいんだけどいい?このあいだ一緒に撮った写真があるでしょう?それも渡したいし」
弟ユウくんが、なんだか僕と会えたことをすごく喜んでいて、親しくしたいんだろうなっていうのが伝わってきた。
僕の心の中には、だけど、まだ、あんな素直そうな笑顔をまともに見れないわだかまりがある。
なんにも知らずに、あの腐った親父を尊敬して育ったユウくん。なにか悲しくなって日曜に会った時は、泣きそうになるのを何度もこらえた。
夜はお父さんと会わなくちゃいけないかもしれないから、と言うと、昼間行くからと言ってきった。

六本木のお店で会った初対面のゴウさんは、きちんとした話し方をする青年で、モトちゃんは、少しお姉さんで、よく考えてから、だけどはっきりとした言葉を話す人だった。
本当はゴウさんは、知り合いの弁護士さんのところにまりあを連れていくつもりだったけど、連絡がとれなかったとまず最初に言った。
まりあは今朝、弟から電話があったことを話した。

自分に今なにが起こっているのか、多重人格障害を引き起こしたのはそもそもなにが原因だったのか、このまま続いていくことでなにが犠牲になるのか、お父さんを可哀想に思ってしまうこと、逃げられないことは、まりあが狂ってるんじゃないこと、あのお父さんがどれだけおかしなことを娘にし続けているのかということ、

初めて聞く客観的な言葉、はっきり事実をdescribeする言葉、

もう迷わないように、ひとりで考えこんで、もう怖がらないように、おかしな考えが頭に入り込んでこないように、まりあは、真剣に、二人の言葉に耳を傾けて、頭にいっぱいいれていこうとした。

「とにかく、身近な人で誰かに知ってもらわないとはじまらない」
まりあは、弟はこないだ一度会っただけだけど、弟なら話せそうな気がする。前に一度お父さんの今の奥さんに話して、お父さんを止めてもらおうと思ったけど、信じてもらえないんじゃないかと思って話せなかったことがあるんだけど。って言った。
「明日、お父さんと会う時間の前に、偶然にも弟さんがまりあに会いにくるというなら、明日、話してしまったほうがいい。」
まだ、このあいだ初対面の弟だから、話していいのかな、、
「小学校から、自ら志願して仏門にはいってる弟なら、まだ19歳とはいえ、きっとわかってくれるだろうし、なにが正しくてなにがいけないことなのか、ちゃんと判断つくと思うよ」

弟、弟、きゅうにあらわれた弟、なにか変わるかもしれない。

夜中、お父さんから電話。
「明日、お姉さんに会いに行きたいんだけど、いいですか?ってユウくんから電話きてたから、明日きっとユウが会いに行くと思うけど、写真だけ受け取ってすぐ帰すように」うん、わかった。
お父さん側の肉親とまりあが、初めて二人で会う。
お父さんは、なにか言われると思って怖がっているの?


02-24-00 internet chat
このとまらない吐き気。このからだの中に流れてるこの血が気持ち悪い。

その時は自虐的という気持ちだったんだと思う。虐待をうけたコトのある人達がいるinternet chatにはいって、父親のことを吐き出すように、この胸にずっとつかえてる吐き気を洗うように、お父さんのことをタイプした。
それで、きっとみんなに気持悪いって言われて、まりあが、子供の頃からもう何年も逃げ出さないでいることを責められて、そういう言葉を読んで、もっと自分を責めて苦しくなって苦しくなってほんとうに、この頭が発狂してしまえばいいと思った。
自分もあの親父くらい狂ってしまえたら、こんなことも平気になって、なんにも痛みを感じなくてすむんじゃないかな
もう一生このままで仕方が無い。おとうさんの言う通り、ふたりでサンパウロに帰って、このままずっとお父さんのものになって暮らすんだ。もうなにがなんだかわかんない。
そういう気持ちで顔の見えない、知らない人達に吐き出して、それで質問されるままに答えてた。
思いっきり気持悪いって言われて、まりあが悪いって言われて、笑われたらいいや。

なのに、結果は、思った通りじゃなくて、
「気持悪いなんて思わないよ。」「まりあが悪いんじゃないよ。」「まりあは自分が悪いから、こんな目にあうんだって思い込んでるけど、お父さんに小さな頃からずっとされてたから、そう思うようになっただけなんだよ。」「逃げられないまりあが悪いんじゃないよ。」「お父さんを憎みながら、お父さんを可哀想と思うまりあは狂ってるんじゃないよ。」「娘だから、父親を、どんな父親でも可哀想と思ってしまうのは、あたりまえのことで、お父さんは、そのまりあの気持につけこんでいるんだよ。」「お父さんが怖くて子供の頃からいうことを聞き続けて、今も、怖がってしまうまりあちゃんにしたのは、お父さんだし、全部お父さんの都合のいいようにされてるだけだよ」
「土曜日に会うことになっているなら、時間は明日しかないから、もうなんとかしよう。」
「あきらめちゃいけない」「このままだと、お父さんの精神もおかしくなっていく一方だし、まりあちゃんの精神も病んでいく一方だよ」「場合によっては、お父さんのほうに治療が必要かもしれないよ」「なんとかしようよ。もう次の土曜日はなんとかしてお父さんを避けなくちゃいけないよ」
「いいかい?父親が娘とセックスするなんておかしいんだよ!まりあちゃんのお父さんは、悲しいけど、普通のお父さんじゃないんだ!わかるかい?」
「みんなで助けるから」「絶対に絶対にこのままじゃいけないよ!」「なんとかしよう!」

傷ついたことのある人間は、傷ついている人の痛みがわかるっていうのはもしかすると本当なんだろうか。

最初は、おどろいた。
区の相談所に電話した時なんて、ぜんぜんこんなじゃなかったのに。なんにもわかってくれなかったのに。
この人達は、まりあが混乱して、なにが、誰が、いいのか悪いのか、ずっとわからないままでいたことを、自分になにが起こり続けていたのか、はっきり見ないでいたことを、何度も何度もまりあの頭の中に叩き込んでくれてるみたいだった。

そうか、それであの時もあの時も、ずっと苦しかったんだ。そうか、こんなことが自分に起こっていたんだ。

「土曜日になる前に、」ということで、金曜日、六本木まで来てくれて、会うことになった。
ゴウさんと、モトちゃん。
自分ひとりで考えると、このことはちゃんと判断なんてできなくなるし、このままゴウさん達の言う通り、お父さんに反発して動き始めたらこの先どうなるんだろうと思うと、また怖くなってしまう。
今は自分で考えないで、客観的な協力者に助けを求めてもいいと思った。
明日といっても、もう朝だから、モトちゃんは寝ないで、六本木にむかうと行ってくれた。
不安だけど、これでなにか変わるんだろうか。


02-23-00
地図にはないあの場所へ行こう
曲り角もわからないけれど
君の手と僕の手をつないで
それだけでもう平気だよ

もうすぐきっと聞いてくれる誰か、みんなにつくったあの曲を、歌ってた。ひとりで。くりかえし。

うつぶせに寝てると、自分の心臓の音が耳についてうるさくて、落ちつかなくて
起き上がって、めずらしく隣の部屋に行って、ヒスローとリキとロミと並んで寝た。
いや、リキは起きてたんだけど。また鼻をぐすぐすいわせてる。
リキは部屋を追い出されて、荷物だけ置かせてってここに来た。だけど次の日にはリキもほとんど毎晩この部屋に来るようになった。小さな鏡を持ってバスルームに入って、いちおう隠してるみたいだけどリキはずっと起きてるし、鼻を何度もならすし、わかる。映画を撮り終わる前に死なないでよ。
ギターを弾いて、曲が、なんでこんな時に、どんどん溢れてきて、突然泣き出して、
B.Tは黙って、ジンを差し出して、誰もあんまり話しかけてこないし、どうしたの?なんて聞くやつも いないんだけど、あれからお父さんから何度も電話がきて、僕は一度電話にでたけど、次の週末の約束の話で、うん、うん、と言って切って、このとまらない吐き気はなんなんだろうと思って、
親のすることにいいとか悪いとかなんにも判断できないバカな子供だった僕の中で
子供の頃から小さな吐き気がちょっとずつちょっとずつ溜まってきて、今はひどい吐き気に悩まされている。
時間と場所が何度も吹っ飛ぶ。
まただ。また、「あー、ユリちゃんー」と話しかけられた。あの店でそれが多い。
僕はまりあだよ、君と話したことなんて一度もないんだ。
だけどエリのルールの通り、こんばんは、だけど急ぐので、と言って店を出る。
急ぐ?なにを急いでるんだ。僕が急いで行ける場所と言えば墓場ぐらいだ。

胸が胃がしぼられるように痛くなって道ばたに吐いてしまう。
声をかける人はもういない。うずくまるのは嫌なんだ。道でうずくまりたくはないんだ。
B.Tのお店に行こうかと思う。だけどどうしてDJがユウヤじゃなくなって、あいつに変わったんだ。 あーーーー、どうでもいいことを考えて、どこへ急いごうというんだ。
なんにもない場所、振り返っても、想い出や、記憶は遠すぎて、なんにも見えないくらい遠い、ここじゃない場所だ。この目が覚めても目が覚めても僕が生きているここじゃない場所だ。
親父が生きていた?それがどうした。僕がうまれた?そんなことあったっけ。
それくらい離れたところ。
もういいんだ。僕はジンで胃を痛めながらでも、クスリに呪われながらでも、街にへどを吐き続ける。
ギターは床に叩きつけたらネックが折れて壊れてしまった。
だけど、
警察につかまった、檻に入れられた、殴り合って歯を折った、骨を折った、刺した、刺された、そしてどうだ。
なにもかわらない。うまれた時からなにもかわらない。僕は相変わらずナーバスな子供で、父親を恐れていて、
それでも、
バカみたいにほんとの愛情や友情をまだ信じて、どこかに探しているんだ。
それは、このくさった僕のこころの中にも。


02-22-00

02-21-00
昨日は、ん、昨日だっけ、一昨日? 明け方帰ってきて、部屋にめずらしく誰もいなかったから、ひとりになりたくなくて、友達の家に行ってそれで、かなしくてかなしくて、くやしくて、死にたくて殺したくて、どうしようもなくって、すぐにクスリのカクテルをつくって、ここにこの場所に、このどうしても僕が生きている世界から、離れた。
僕はずっとわめき、泣き散らして、親父が死んで欲しいって、繰返して泣き続けてた。

娘さんはボニートですね。そうなんです、このコは子供の頃からこんなボニートな顔してたんですよ。 僕はそこで少しぞっとしたけど、その時はまだお父さんの事を信じていた。だってお父さんの従姉妹に会わせてくれるって約束で会ったのだし、普通に向かい合って食事をしているだけだし。

うまれて初めて会った弟。

ポルトガル語の会話

優しく僕を「娘」だと紹介するお父さん

部屋まで車で送ってくれと言うお父さん

いつだって信じていたいお父さん

誰もいなくなった後、スラックスを脱ぎ始めるお父さん

いいこだから、隣に座りなさいというお父さん

ポケットに入れてるナイフにいつも手をのばせない僕

殺したいお父さん、可哀想なお父さん、気が狂ってるお父さん、8歳の時から気が狂ってしまった僕

死んで欲しい。親父、親父関わるものすべてなくなって欲しい

なんであいつが生きてるんだろう。どうして僕はあいつの娘なんだろう。どうしてなんにも知らない弟が、目をあわせない僕をそれでも慕ってきて、なにがかわるっていうんだろう。

この世界で窒息して、僕らは顔を真っ青にして、はいつくばってる。死にたいのか生きたいのかもわからないんだ。痛みさえいつかは麻痺していくんだ。それならもうギターをならして僕を正気に戻すのはやめて欲しい。ナイフを握る力だけを持てたらいいんだ。僕らに本当に必要なことは音楽でもない、もうなぐさめの言葉でもない、ねじまがった親子という絆の名のもとに僕が流す悲しい涙でもない、あいつの腹に深く突き刺すナイフを握りしめる力だけが必要なんだ。

お願いします。先生、先生、嵐士、僕をなおそうとなんてしないで。

僕が消えてしまった後にいた人が誰だったのか聞かれてもわかりません。僕はまた子供の時と同じように、頭から白いシーツを被ったみたいに周りが真っ白になって、なんにも見えなくなって消えてしまったんです。ミクだったらもう一度、人を刺すことだってできるでしょう。僕はもう治療はいいよ。このままで、お父さんが、近くにいて、治療なんて出来ないよ。そう思う。僕はだって本当に、あいつを殺してしまいたい。今ミクに何度も話しかけてる。今はどうしようもできないんだ。先生。

ああ、ちくしょう。こんな涙だってもったいないくらいだ。

悲しむ価値なんてないんだ。あんなやつに。

そうだ。もうあおおおあうああああああああああああああああああああああ


02-20-00 日曜日

02-19-00 土曜日
お父さんからの電話。
「アロー」の声で、少しびくっとする。
二人で会う約束じゃなかったから嬉しかった。
ブラジルの従兄と会うから一緒に食事をしないか、従兄はすばらしい奴で会えばきっとためになるだろう、というようなことを早口なポルトガル語でたぶん、お父さんは言っていた。
二人で会うんじゃないんだ。お父さんの部屋からは離れた場所で待ち合わせだった。
嬉しかった。

02-18-00
ギター弾いて、弾いて、曲をかいた。

02-17-00 だから、ゆったじゃん。パンクバンドですよって。
「そ、そ、そんなことをしたら、け、け、けいさちゅをよびますよ!」
小学生のおどし文句じゃないんだからさ。

まりあに害がないからって、メンバーになめた態度とられて、まりあが黙ってるわけないじゃん。

大島には、友達とか仲間って感覚がないんだろう。僕らそれぞれに、ばらばらなことを話して、僕らが自分さえよければって、納得すると思ったんだろうか。

結局、大島が自分でよんだ警察がきて、僕は事情を聞かれて、なんだ、このコの言ってることは筋が通ってるし、自分が責任感じて、ここまで来たっていうのはえらいねーなんて、言われるし、そんなことはいいから、なにより、メンバの金をもって逃げてる?あの態度?なんだよそれ!?って気持ちでいっぱいだった。
「板橋警察でーす。大島さーーん。開けてくださーーーい。」ドンドンドンドン。
「おたく、自分で警察よんだんでしょう?なんで事情話せないの」
「警察でーーす。大島さーん、開けなさーい。」

あんな支離滅裂で、嘘ばかり言って、逃げ回ってて、さらには自分でよんだ警察、よんだはいいけど、事情も話せなくて隠れてるようなあんな情けないやつはじめて見た。

僕らの心の中にあるものは、誰にも奪えやしないんだ。


02-16-00

02-15-00
正しい生き方もないだろう。なにが答えかもないだろう。だけど誰かを傷つけたくないだろう。

自分は実はとても幸せなんじゃないかって思うんだって話したら、ヨウタなんかは、「よかった・・・」ってゆくっりため息するし、部屋にいる友達も、「それっていいことじゃん」って言う。

自分が幸せなんじゃないかって考えが止まらない。なんだか止まらない。ここ最近ずっとそう。

問題は山程ある、むかつくやつもいる、毎週、医者に呼ばれるし、お金がないし、今日のごはんは我慢しようなんて言ってる日もある。だけど、まわりには友達がいて、好きな人もいっぱいまわりにいて、それがすごく大切で、それだけでなんだか自分はとても幸せなんじゃないかなって、その考えが止まらない。

どうしよう。だけど、それを、つまり、はっきりいって、びびってる。

あらためて自分の環境が幸か不幸かなんて考えたことなかったのに。ふと、あれ?なんだか幸せなんじゃないか。って思いはじめてしまったら、もうそれが止まらなくなっちゃった。

ああこわいよ。
こんなふうに思うとかならず、きっときっと爆弾が落ちてくるんだ。

でもやっぱり、自分はなんだか幸せなんじゃないかという考えが止まらない。どうしよう。こわいよ。
「だからそれでいいんだって」「よかった・・・・」
そう言われても、そうだけど、ドキドキしちゃうよ。

喧嘩もよくするし、トラブル抱えてやってくる友達も絶えない。リコが恋人と別れたら朝までジンにつきあわなくちゃなんないし、誰かさんのせいで夜中に起きて車で遠くまで飛ばさなくちゃなんない時もある。
こいつら本当に友達っていえるんだろうか、とか、誰とも口ききたくないとか思う時もある。
ただ、まりあが泣いてるとなぜか一緒に泣き出すやつもいて。
それはなにが本当とかわからないけど。

「友情は目に見えないもの。自分のことしか考えない人間には一生縁のない宝物だ」


02-14-00 バレンタインデイ
誰にもまだあげたことないバレンタインのチョコレートだけど、今まで2回、チョコを用意したことはあって。
一度は、まだ子供の時、ユウコちゃんがチョコを選びに行くのをつきあって、そしたら、女の子達がいっぱいいて真剣にチョコを選んでて、なんだかまりあもまねしたくなって、ユウコちゃんと一緒にまりあも買った。それで、それを、翌日のバレンタインデイに、ユウコちゃんは、買ったチョコレートを好きなコの家のポストにいれて、まりあのチョコはユウコちゃんと一緒に食べた。「返事くるといいねー」なんて言いながら、公園で2月14日。
2度目にチョコを買った時のことは、ちゃんと思い出して書けるかな。とぎれとぎれなんだよね。
あげようかな、好きなのかな、と思って、でもラッピングされてリボンのついたチョコレート買うのも恥ずかしくて、ホールを抜け出して、ツアー先で知らない街だったけど、コンビニ探して、ふつうのチョコレート買ってきて、知らんぷりしてそっと楽屋に戻って、「トイレ行ってきた」とかうそゆって、ああ、どうしようかな、ほんとに好きな人じゃないとあげたくないし、でも好きなのかもしれないし、こんなにまりあを好きでいてくれる人だから、まりあだって同じくらい好きな気持ちを返したいとは思う、、でも、、とかいろいろ考えてて、ああ、やっぱり、テーブルの上に誰かの差し入れみたいにぽんって置いておいて、たまたま食べたら、それであげたって事にしよう。はい、なんていって渡すの恥ずかしいし、やっぱりあげるならちゃんとしたチョコレート用意しておけばよかった。
でもそのあと、ユリに頭蹴られて、どうなったんだっけ。
夜、ホテルに戻って、シャワーのところで、そっと確かめたら、まだまりあのバッグにはいったままになってた。ああ、あげなくてよかったのかな、好きかどうか迷ってるままあげるなんてダメだからね。そういえば、ユウコちゃんは返事がもらえたのかなって考えてた2月14日。

今年はなにをしていたのかというと、からだがみっつにわかれてしまったような気分で、なんにもできないでいました。
おもいがけない人から、告白されました。勇気いるよね、ありがとう。


02-13-00
日本語聞きたくない。
から、今日は日記も書けません。

02-12-00

02-11-00 「お前はなんでそういう熱いつきあいしか出来ないんだよ」byとびー
また喧嘩しちゃった。
腕痛くなったけど、まりあも蹴ったし、頭殴ったし、おあいこだ。
それで、夕方には抱きあって泣いた。
友達とは。

02-10-00

02-09-00
テレビが大嫌いなんだけど。
それはもしかしたら子供の頃から、テレビ禁止で育ったせいもあるかもしれないけど。
いや、でもお母さんはもう近くにいなくて、いつ、いつまでテレビみていようが自由な環境にあった時にだって、テレビのスイッチをつけて一通りみてみたら、やっぱり好きになれなかった。病院のデイルームではいつもテレビがつきっぱなしだったけど、なかなか近寄らなかった。なにがしたいんだろう、テレビって。それが感想。子供の頃から、テレビを見せてもらえなかったことに感謝したい。
隣の部屋に誰かいる時は、誰かがテレビつけたりするから、その音が聞こえてきても、ちょっと我慢するか、ドアをどっちも閉めて音がなるべく届かないようにしていたんだけど、なんだか今日、それが耐えられなくなって、文句を言った。

カメラのレンズにむかってしゃべる人間、うるさい音楽、あれを買えこれを買えとうるさいコマーシャル。
友達も文句を言ったけど、結局まりあのやってる作業が終わるまで、つけないということで、スイッチは切られた。

この部屋は昼間は太陽の陽射しで、やたらと明るい。夜は誰も電気をつけたがらないから、真っ暗。
読書灯と、外からの街の灯と、冷蔵庫を開けた時の明かりと、部屋中プールの中みたいになる誰かがもってきた変ったライト。

3月からリハにはいって、ええと、それまでにwarehouse版をつくって、それからライブ。

悩み相談室をした。
「好きなんだけど、先に好きって言ったら負けになっちゃうから、言えない。」
まりあは、勝ち負けじゃないけど、人を好きなる気持を持てたってことで、どっちかっていうと勝ちじゃないかと言ったら、次回会う時に告白すると彼は言った。だからって結果がどうなるかは知らないよ。


02-08-00
みんなでいろいろ話した。
「誰がそこに立っていて口をあけて話しているのだろう」という感覚がまだ少し残っていたけれど、「いつだって僕の感情は想いを越えて先へと飛んでいく」から、曲のこと、録音のこと、スタジオのこと、あれこれ、自分で考え終わる前に、勝手に頭の中で組み立てられて、それで勝手にからだが動いて、走り回ってた。 

ST.JOHN'S WORTは、3週間経ったからそろそろ効果がでてくると思う。でもすでにいい気分。PROZACみたいに心臓どきどきして苦しくならないし、いいと思う。
prozacでもなんとも感じない人もいるらしい。今日そういう人にあった。

自分がやな目にあうのもやだけど、メンバーになめた態度とる奴がいたら、そのほうがもっともっとむかつくよね。
前にどっかのバーで。とびーと友達と遊んでた時、酔っぱらいがからんできてとびーの頭叩いた時、なんていうの?extremely頭にきた!
うちのメンバーになにすんだよ!って。外にでて「解決・」したけど。
ああいう気持は理屈なしだね。とびーなんか友達でもないし、嫌いだし、喧嘩ばかりしてるけど、ああいう時は、ざけんな!ってなんにも考えずに立ち上がっちゃう。

僕に見える世界はすでに死んでいて、

演説台の陰で政治家は、民を「家畜」と呼び、その家畜達はすっかり死んでしまっていて、その腐った世界の上に金のつまったコンクリートが積み上げられている。
僕はこそこそと日なたを避けて歩きまわり、パン屑を拾い、腐った心臓や剥げ落ちた耳の上で、笛をふく。
金がすべてを変えただろうか。プライドがすべてを変えただろうか。勝利がすべてを変えただろうか。そんなものに力があっただろうか。人はすでにひとり残らず死んでしまったじゃないか。
ルールは最初からなかった。勝敗も最初からなかった。有意義な生き方も無駄な生き方もなかった。街は屠殺場であり、家畜は死んでいくだけなのだ。

目の前の飯のために主人の靴の底だって舐めるだろう。皮を剥がれて吊るされる直前まで明日の飯のことを考えているだろう。


02-07-00
風邪で死亡。倒れてたらB.Tが病院に連れて行ってくれた。

02-06-00 日曜日

02-05-00 土曜日

02-04-00 金曜日

02-03-00 木曜日
だけど、僕らはいつか死ぬんだよ?僕らはみんな死ぬんだよ?お父さんが死んだって、まりあだっていつか死ぬんだよ?お父さんが毎週会いに来たって、どうせいつかみんな死ぬんだよ?よかったことも、いやだったことも、なんにもなくなるんだよ。僕たちはみんな死ぬんだ死ぬんだ死ぬんだ死ぬんだ。

一日でいろんな人に会った。バンドのこと、とびーには、ライブも出来るようにするし、スタジオも探すし、まりあが全部整理するから待ってな!ってゆっちゃったから、いろいろ飛び回って、帰ってきて、ギターをひきひき考え事を吹き飛ばして、寝ます。


02-02-00
ベッドの中でこうしてへんな姿勢でノートに日記を書いてると、左手が痛くなってきて、それで右手でも書いてみたりして、なんだ、両手で書けるじゃない。へたな字。

お父さんから一日何回も電話がある。
ルスデンでお父さんが言ってることは、たぶんまた週末渋谷で待ち合わせしようって言ってるのかもしれないけど、お父さんはポルトガル語混ぜて話すから、よく言ってることが電話じゃ聞き取りにくい。
週末になると足の先からしびれてきて、胃が痛くなって、そのうち首のほうまで震えてきて、吐き気と胃痛とで気持ち悪くなる。

ゆうや君にもらったゆうや君DEMO、八ヶ岳で聞いたんだけど、感動した!!あんな顔して、純粋なんじゃないかと思った。ねぇ、でも、みんな、そうだよね?純粋な部分を守りたくて音楽にハートをゆだねるんだよね。

明日は、とびーとか、みんなに電話すること。忘れないで。


02-01-00
八ヶ岳で、買い物にふもとまで運転して行った時に、i-modeでまりあのとこの掲示板をチェックしてみたら、なんて人はdelicateで傷つきやすく、なんてせつないんだろうと思うようなことがあったんだ。
一泊だけして東京に帰ってきたんだけど、それまで、なんだか胸が痛かった。
知らない人達、顔を知らない人達、運転してる時なんかにradioから流れてきた曲に似てるね。だけどあのコ達はもっと近くにいて、なぜならまりあと同じように絶望しながら生きていて、それでそんなことですごく、見知らぬ人達のことをだいじに思った。もうこれ以上、涙が増えたり、悲しんでもらいたくない。

なんだかんだ、ギターを弾きながら、どうやってバンドを動かしていこうかとか、真面目に考えて、考えて考えて考え事ばかりしていた。
スタジオのこと、神保さんがスタジオを貸してくれるかな、とか。機材のこと、どこから借りれるかな、とか。曲をwarehouseとかなんかにして売ったらバンド資金を自分たちでつくれるかな、とか。ああ、ライブの時に即売しよう、あ、いや、ライブするにもリハに入ったりいろいろするんだから、その前に流通手段はあるかな、とか。あ、あの人のところに機材いっぱいあるなぁ、あれを貸してもらえたらなぁ、それで、リハはいる時は、神保さんに電話してスタジオのこと聞いて、えーと、その前に、出来た曲のデータを、、、。
自分でやってみようと思ったんだから、自分で頑張らなくちゃいけないんだけど、あっというまに頭の中がさ、、いやいや、がんばる。うん、がんばる。

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